伝えたいこと

農業塾で自然から学んだことで知ってもらいたいこと

「農業は環境を守る」は間違い

<近藤語録その9>
百億年以上にわたって地球の自然や環境を守ってきた主役の1人の草を、自分の都合で雑草と敵視し処分する。農業あるいは家庭菜園でも、地球環境を汚している。他の産業に比べ比較的、環境を壊さない分野である、と言うのが正解。
土をいじる時、恥じらいを含めてごめんなさい草さん、せっかく生まれてきたのにと言いながら草を切ってほしい。

畑とお腹の関係

<近藤語録その8>
畑の土と腸――どちらにも、菌がたくさん生息している。
腸のビフィズス菌を活性化するサプリメントなどが出回っているが、菌は本来、自然な食べ物の成分で増えるもの。
外から栄養が来ると頑張らなくなる。
畑の微生物も同じ。外からの養分ではなく自然の力で育つ微生物が、健康な土をつくる。

農業の価値

<近藤語録その7>
兼業農家で宝石商をしている人の話。
「指輪1個が100万。田んぼ(で採れるコメ)が100万円。この100万円は絶対に同じではない」と、田を耕しながら呪文のようにくりかえさないとコメなんか作れない、と。(*)
農業の価値は、金では表せない。年収は高くてもサラリーマンに戻りたいと思わない魅力が、農業には、ある。
(*)出典:『農から見た日本』(山下惣一・著/清流出版)

本物の野菜は根性型

<近藤語録その6>
自然農法で育つ野菜は、まずしっかりと根を張ってからゆっくり生長を始める。即効性のある化学肥料を使うと根と同時進行で早く葉が伸びるが、できる野菜の生命力は弱い。
生長が遅いと焦ることはない。強い根から育つ作物は、病害虫に強くうまみのある本物の野菜である。

土と太陽と風と、人の心

<近藤語録その5>
「自然農法」は、農薬や化学肥料を使わない点で「有機農法」と同じだが、作物をどう育てるかの考え方は異なる。
「肥料で育てる」のではなく、「土と太陽と風と、人の心」で育てる。できるだけ肥料をやらない、草を取らない、耕さない。手間と金をかけずに本物の野菜をつくる農法である。

健康な畑は、石灰いらず

<近藤語録その4>
農薬や化学肥料を使っていると土壌は酸性になる。作物がよく育つ弱酸性に戻すため、アルカリ性の石灰を撒いて中和させる。自然農法の畑なら石灰は必要ない。
市販の種には、石灰を撒いてから種蒔きするよう袋に説明書きがある。農家の99.8%が農薬や化学肥料に頼っている日本の現実だ。

苗は甘やかすな

<近藤語録その3>
苗の時期にどんな環境を与えるかで、作物の一生の出来の半分は決まる。だから「苗半作」という。
苗を育てる環境は、定植する畑より少し条件が悪いくらいがよい。苗がしおれる寸前まで水はやらず、やるときはたっぷりと。苗は水を求めてしっかり根を張り、乾燥にも湿気にも強い作物になる。

草と土は、男女の関係

<近藤語録その2>
草は土から栄養をもらっているが、同時に土に必要な養分を根っこから出している。
良い草が育つと良い養分をもらえるので、土はできるだけ良い草になってほしいと草にせっせと栄養を与える。
相手と栄養を与え合うことで自分も良く育つ、草と土の関係は、男女の良い関係と同じ。

雑草という草はない

<近藤語録その1>
「雑」という言葉は邪魔なものというニュアンスがある。しかし、ある人にとっては無用な草が、別の人にとっては貴重な薬草ということもある。作物の邪魔に見える草も、根が枯れた後に水の通り道を残すなど、たいせつな役割を果たしている。何の役にも立たない草というものはない。